2008 鈴鹿8時間耐久ロードレース 【Land Mark&SPEED TEC★BMS RACING&PIRELLI】

鈴鹿8時間耐久ロードレース

      鈴鹿サーキット/レースリザルト
開催日 予選/7月25日(金) 予選タイム 第1ライダー 谷 誠士郎 2分15秒194
  天候:晴   第2ライダー 樋榮 聖 2分18秒424
 
  決勝/7月27日(日)   第1ライダー 谷 誠士郎 39位スタート 30位ゴール 195Lap
  天候:晴   第2ライダー 掛川 啓一      

7月24日 練習走行

 今回の8時間耐久レースのエントリー台数は81台で、タイムによる決勝
通過は62台、主催者推薦枠は8台である。しかし世界耐久選手権
エントリーチームはシード権が認められている。シード権を行使
できるチームは18台である。つまり、予選通過タイムが出ていたとしても
シードチームとの入れ替えにより、予選落ちになってしまう可能性が
ある順位が存在する。今回の予選ボーダーラインとしては2分16秒台、
これまでのテストでは2分14秒台を谷選手が記録しているので、
我がチームとしては余裕と手ごたえを感じながらの練習走行である。
チームの動きは早朝6時30分から始まった。すでに気温は30度近い。
今日も暑い一日が予想される。
マシンは2日前にエンジンのオーバーホールがされたばかり、1本目の走行は慣らし運転に消化されることになる。

 午前中の練習走行を無事に終え、マシンは車検場へ。樋榮選手の06型CBRもスペアカーとして車検を受ける。
次の走行開始は13時から始まる。オイル交換などを済ませたマシンは、翌日の予選に向けてさらなるセットアップが
加えられる予定だ。午後の2本目の走行も前半はエンジンをいたわりながらの走行。後半からペースを上げて追い込み
作業が始まった。いくつか新しいパーツの装着が試みられたが、前回の合同走行練習を上回る成果はなく、もとの
セッティングにリセットする方向で公式練習に臨む。

 3本目の練習走行からは公式練習となる。予選と同じ状態でのフリー走行で、走行時間は1時間。
レースコンピューターも稼動して各セクションタイムも計測される。より本番に近い状態でのラップタイムの
計測が始まった。まず谷選手がフレッシュタイヤで飛び出していった。3周目で2分16秒台に入る。
合同練習の時に比べて、エンジンの動きが重たいことと、水温が90度を突破して伸びない。
今年のレースウィークの厳しさを感じるものになった。
変わって樋榮選手もコースインするが、ベストタイムの2秒落ち前後で周回。リザルトを見ているとトップチームを中心に
タイムが伸び悩んでいる。相対的にタイムが落ちているのだ。理由は様々であろうが、この気温の上昇も共通の理由であろう。
公式練習は総合39番手のタイムで終了することになった。明日の予選の厳しさをライダー、スタッフ共に感じていた。

7月25日 予選

 相変わらず朝から気温が高い。日陰であるはずのピットの気温は30度を
超えている。路面温度も50度以上、今日も厳しいレースが予想される。
水曜日の抽選会で予選のグループ分けがされている。
我々のチームはAグループ。朝一番からのスケジューリングでブーイングも
出たのだが、この結果があとになって幸運だったとわかるときが来る。

 9時20分、Aグループ第1ライダー谷選手のタイムアタックが開始された。
予選時間は25分。周回できるのは10周から11周ぐらい。
水温や熱だれのことを考えると早いタイミングでベストラップを刻んで欲しい。
普段優しい笑顔の谷選手であるが気温の低いこのコンディションでのタイムアタックでベストを叩き出そうとしている
気合と体を駆け巡るアドレナリンのせいか、鋭い眼差しでヘルメットを被りマシンに乗り込む。
 5周目、各部セットの確認のためピットインを終えた谷選手がタイムアタックを開始した。モニター上のセクション
タイムをあらわす数字が緑色に変わっていくのは、区間最速タイム表示だ。次々に緑色の表示を点灯させる。
セクション3を通過して最高速は265キロをマーク、最終コーナーを立ち上がってきたマシンが全開で目の前を
通過する。手測りで2分15秒台。モニターでは2分15秒664、グループ18位のタイムだ。この時点で予想
予選通過タイムはクリアした。スタッフにも安堵の色が窺える。次は第2ライダー樋榮選手の予選。
トップスリーの平均タイムの115%という基準タイムをクリアしないかぎり予選は終わらないのだ。

 Aグループの第2ライダー予選は、Bグループ予選中のに起きた3度の赤旗
中断によりスケジュールが押されている。
気温が一気に上がったためか、タイヤのグリップダウンによる点灯車両が
続出。使えるタイヤのセット数が限られているため、満足にクリアラップを
確保せきない苛立ちが焦りを呼び、混沌のBグループの予選となって
しまったようだ。予選の時間がずれていくことはライダーの集中力に影響
する。レーシングスーツを身に着けて待つ時間でもこの暑さでライダーの
体力までも奪っていくのだ。
 11時30分、第2ライダー樋榮選手の予選が始まった。インラップを
確かめるように周回し、2周目の最終コーナーを全開で駆け上がっていく。タイムアタックに入った。 樋榮選手を記す
表示が緑色に変わっていく。2分18秒424を記録。さらにタイムアタックを重ねて6周してピットイン。
この時点で予選通過タイム、およびペアライダーの基準タイムのクリアによって決勝進出を確実にした。
午後の予選はさらに、上のポジションを狙っていく。
 15時25分、谷選手の2回目の予選が始まった。
1回目に使用したタイヤをまずはコースインで使用し、途中でフレッシュ
タイヤにチェンジして勢いをつけるという作戦だ。 まず確かめるような
形で1周し、ショートカットでピットインしてきた。タイヤが交換される。
獲物を追うジェット戦闘機のようにピットレーンを駆け上がっていく
マシンは、2分後に猛烈な勢いで最終コーナーを駆け上がってくる。
谷選手の表示すべてが緑色になった。各セクションの動きをモニターに
思い描く。最高速は265キロをマーク、そして最終コーナへ。
2分15秒194グループ14番手のタイムだ。ピット内でも歓声が上がった。
練習のように14秒台に入らなかったが、この暑さ、オーバーホールがあがったばかりのエンジンのことを考えると
上出来。ピットインしてクールダウンを行い、確認のために数周ラップして予選2回目を終えた。
17時00分、樋榮選手の予選が開始された。
夕方になってきているはずなのだが気温が下がっている様子はない。
灼熱のコースにマシンをコースインさせた。
マシンの動きを確認しながら周回を重ねる。2周目に20秒台で目の前を通過、
そこから各セクション緑表示にかわ変わっていく。
しかし、そこでアクシデントが発生した。セクション2の表示を最後に
動きが止まってしまった。ヘアピンで転倒したとの情報が入る。
ゼッケン777のチーム関係者は医務室へ来るようにとのアナウンスが
行われた。スタッフに緊張が走る。
ライダーの怪我は、マシンの損傷状態は、それ以降何の情報も入らない状態で
予選が終了するのをひたすら待つ。マシンがトラックに載せられて帰ってきた。
損傷状態は軽い、ライダーの状態が心配だ。
そこに医務室に走った監督田中氏から連絡が入った。いまからヘリコプターで病院に緊急搬送するとのこと。
Aグループ21位、総合39番手。厳しかった予選がようやく終わった。

樋榮選手は最寄の病院に搬送され、緊急手術を受けなければならない状況にあった。しかし意識はある。
ぎりぎりの選択を迫られる沈黙の状況が続いて今後の展開を思案していたときに、樋榮選手の意識が戻った。
樋榮選手はチームが8時間耐久を走りきってほしいという希望を伝えてきた。 そして田中監督は決断した。
レースの続行である。病院からサーキットにレース続行の指示が出た。マシンは予選後に行われる夜間走行に向けて
メカニックが全力で修復作業を進めているところだった。 外装をスペアパーツに交換し、各部チェックを行いエンジンを
始動した。しかしそこで異常なエンジン音。転倒した際アクセルが戻らなかったためか、エンジンまでもが壊れて
しまっていた。急遽エンジンの載せ変え作業も行うことになった。夜間走行を走れぬまま、決勝を迎えることになった。
代役のライダーを探すことにもなり、土曜日の動きがどうなるか混迷は深まるばかりとなった。


2008年7月27日(決勝)

スタートから第1スティント

 土曜日に総合結果が発表されて、予選落ちのチームが確定したころ
石垣島まぐろレーシングでエントリーしていた掛川選手との交渉がされ、
第2ライダーとしての申告が受理された。その後深夜までピット作業の
練習が行われて決勝の日を迎えることになった。
 10時30分、各マシンがグリッドに向けてコースインしていく。
徹夜で修復されたマシンをゴールに辿り着かす戦いが始まった。
39番グリッドにマシンが止められた。前方から選手紹介がはじまる。
 そして11時30分、観客とのカウントダウンで8時間の戦いがスタートした。
スタートライダーは谷選手。スタート直後の混乱に乗じて30番手で帰ってきた。
予定では26周、オープニングから16周目までは18秒台で周回、24周までは20台以内で周回して。1時間経過した順位は30番手で第2ライダー掛川選手にマシンが託された。

第2スティント

 ウォーミングアップランで数分乗っただけのマシンで、コースインしていく
掛川選手。 マシン、タイヤともになれない状態での周回のはずなのだが、
2分22秒台で周回を始める。ピットアウト直後の順位は34番手だった
のだが、最初から最後まできっちり23秒台で周回を重ねて、33番手で
谷選手にマシンを渡すことができた。途中サインボードを見逃してしまい、
数周早くピットインしてしまいメカニックがあわてたシーンもあったが、
特に大きなトラブルは無く、チームスタッフも一安心といったところだった。

第3スティント

 ピットアウトの段階で38番手でのコースインであったが、
谷選手はアウトラップを18秒台で走行し、中盤まで18秒台、後半の
スティントを19秒台で周回を重ねた。その間上位陣でも転倒やトラブルが
発生し24周目のピットインのころには29番手までポジションを回復しての
インラップとなった。

第4スティント

 30番手からのスタートで掛川選手がコースイン。ここから今年の
耐久レースの順位を占う天候の急激な変化が始まった。 東の空に大きな
積乱雲が発生し、大粒の雨が降り出したのだ。路面温度が60度ちかくあり、
少しの雨では路面は濡れないもののその雨粒の大きさに各チームが対応に
ゆれることになった。
 5周目掛川選手が足を出してピットインの準備を促す。無線でピットに連絡し
レインタイヤの準備を始める。しかし微妙な降り方で路面はまだ濡れてこない。
濡れていない路面でレインタイヤを履いてしまうと数周でぼろぼろになってしまう。
タイミングは難しい。掛川選手はピットに入ることなくさらに周回を2周ほどする。9周目でもう止んでしまうかと思った
とき、一気に雨粒が大きくなり激しく降り出したのだ。掛川選手はもっとも雨の激しい瞬間にピットインしてきた。
懸命な判断だった。レインタイヤに履き替えてコースに戻っていった。スリックタイヤで我慢しているチームもあったが
我々は、最後まで走りきらねばならない。東コースの路面はその後見る間に乾いていった。 15周目に路面は
乾いてしまったため、再度ピットインでスリックタイヤに変更。23秒前後の安定したタイムで27周でこのスティントを
走りぬいたのだった。順位は32番手である。

第5スティント

 レースも半分を消化し、最も暑い気温になっている。水温は100度に
近くなりマシンもライダーも限界に近い状況でのライディングが強いられる。
谷選手もオープニングこそ17秒台での周回を重ねるが、7周目くらいから
20秒台前後まで落ちる周回もあり、熱ダレがマシンとライダーの力を奪って
いく姿を見せつけられる。3回目のスティントはトラブルやアクシデントが
多く起こる魔の時間帯なのだ。 その時間帯をなんとか乗り越えて、24周
周回して谷選手がピットインしてきたこの時点での順位は32番手である。

第6スティント

 33番手でコースインした掛川選手は周回ペースを21秒台にペースを
若干上げて周回。若干であるが気温も下がりはじめて楽になってきた印象だ。
しかし10周目で突然のピットイン。チェーンの駆動力を受け止める
スプロケットというギアが空転したとのこと。急遽ホイル交換を行い
コースインさせた。若干のロスはあったものの32番手でピットイン。
谷選手にマシンを託すことができた。

第7スティント

 掛川選手からマシンを受け取った谷選手は腰痛と闘いながらのレースで
あった。残り2時間というところで、集中力持続できるかが不安要素であった。
そのため谷選手のスティントを若干短くすることに変更。
このスティントは13周で終了することになった。短いスティントで
あることにきまり、満身創痍でライディングを続ける谷選手はすべての周を
20秒以内のラップタイムで周回した。30番手で掛川選手にマシンを託す。

第8スティント

 33番手でマシンを受け取りコースインした掛川選手。
この周からマシンはライトオンしてのコースインとなった。青白いキセノンライト
がほかのチームよりも輝きが違う。少しずつ暗くなりつつあるコース上でも
見逃すことは無かった。ラップタイムは25秒前後まで下がったが、
掛川選手は確かめるようにサーキットを周回。最後のスティントを無事に
走りきった。スタッフ全員お疲れ様の声を掛川選手にかける。32番でマシンを谷選手に渡す。

第9スティント

 夕闇から夜に変わった鈴鹿サーキット。毎年1度だけレーシングバイクが
ライトオンでこのコースを250キロ以上で駆け抜ける真夏の祭典も
終わりが近づいている。31番手でコースイン、4周をした段階で30位と
なっていた。当初の目標の30位以内としてはぎりぎりのところだが、
その目標はこの時点では完走まであと一歩という状況に全員が満足して
いたと思う。残り5分を切ったところで、プラットホームにスタッフが
全員駆け寄ってきた。谷選手 が帰ってくる姿を全員で迎えるために。
そしてファイナルラップを迎える。
 マシンからはガチャガチャといった、チェーンがいまにも切れてしまいそうな音が聞こえてくる。
みなマシンが無事に最終オーナーを通過することを祈る。そして2分30秒後、青白いまぶしいライトのゼッケン777が
チェッカーフラッグとスタッフのねぎらいの声を受けてホームストレートを駆け抜けていった。
谷選手の右手のガッツポーズが印象的だった。


監督コメント

BMSレーシング 田中 数也

 はじめに、このたび我がチームにご協力いただきましたランドマーク様を
はじめ多くのスポンサー様、そしてご声援いただきましたファンの皆様に
心から御礼申し上げます。お陰さまをもちまして、我がチームは当初の
最低目標としておりました「30位以内、完走」という目標を辛くも達成
することができました。
 3か月という短い期間でチームが一丸となって挑戦し
多くの苦難を乗り越えゴールに辿りつけたことは、私達にとってとても
大きな財産となりました。決して自分たちの実力を出し切れたレースでは
ありませんでしたが、これを糧に来年に向けまた一歩一歩成長して
まいりたいと思います。
 本当にありがとうございました。


ライダーコメント

第1ライダー 谷 誠士郎

 今回のレースでは金曜の予選からいままでのテストにないくらい気温、
路面温度共に非常に高く、セッティングやタイヤの選択に戸惑う場面があり、
予選でも今までのようなタイムがでなくて悩まされる状態が続きましたが、
予選終盤になんとかベストに近いタイムまでもっていけたのは幸いでした。
 予選の最後にいままで一緒に300km耐久レース、マシンのセットを進めて
きた相方の樋榮選手のアクシデントがありましたが「最後までやり遂げて
ほしい」という本人の強い意志を教えてもらい、後押ししてくれているという
想いも伝わってきたのでそれを胸に決勝に望みました。
 決勝レースでは1回目の走行が気温も高く路面からの照り返し、
スタート直後の混戦で体力を激しく消耗してしまい集中力を維持させる事が
難しかったです。その後2回目の走行でも同じような状態になりましたが、
スタッフの方の迅速な対応で体力を回復させていくことができたと思います。
 夕方になってくると気温も下がり体に疲労感は残っていましたが、何とか乗り越えていくことができ気持ちも
落ち着いて走ることができました。終盤マシンの状態からペースを少し落とすことになりましたが、チェッカー
までマシンを無事に運ぶことができていままでに体験したことのないくらい達成感が湧いてきました。

 このレースの内容はすごく充実したものがあったと思います。結果については今回が私のレーサー人生の
終わりではないのでさらに上位を目指してチャレンジしていきたいと思っています。
 今回の8時間耐久レースにスポンサードしていただいた方々、ご協力してくださったメカニック、スタッフの皆様、
応援してくださった皆様に本当に感謝しています。皆様のお力添えがあって今回のレースを走りきる事ができたと
感じています。これからも私自身、さらにレベルを高めて来年このレースにまたチャレンジしたいと思っていますので
応援の程よろしくお願いします。
本当にありがとうございました。

【Land Mark&SPEED TEC★BMS RACING&PIRELLI】